名前の頭文字がCで始まる4匹の愛しい犬猫たち&人間たちの華麗(加齢)なる日常。


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 父と祖父

先日、実家から戻ってくる新幹線の中で
父・母・妹にケータイでお礼のメールを送りました。
(そこらへんはちゃんとしている私。爆)

母と妹からは返信が来るとわかっていたのですが
なんと、珍しく、父からもすぐに返信が来ました('o')

「無事(※新幹線に)乗車できてよかったね。
この2日間あっという間でしたが、多忙の中楽しい日々でした。
家に帰り着くまで気をつけてね・・・また来てください!」
(以上、本文まま)

なんの変哲も無い文章。
でも「多忙の中楽しい日々でした」という言葉に
なんだかわからないけど涙が出そうになりました。

私は昔から父の考えに共感するところが多いですし、
父のことをとても尊敬しています。
口では尊敬しているなんて言ったことはありませんが、
おそらく父もそれを感じ取っていると思います。
普段、パソコン宛にメールを送っても、
1、2行用件に対する返信があるだけなんですけど、
ケータイメールを返信してくるのは非常に珍しいので
きっと私が久々に帰ったことがとても嬉しかったのかな~って・・・。
あまりそういうことを言葉にしない父なので
このメールにはなんだかぐっときました。


父はどちらかというと尊敬の対象ですが、
私の胸にはもうひとり、永遠のスターがいます。
それは59歳という若さで亡くなった祖父(母方の祖父)です。
亡くなった時、私は中学2年生でした。

祖父は、いわゆる不良っぽい?ヤンキーな?人で(爆)、
聞いた話では、学生時代から
喧嘩っ早いけど弱い子には優しくするような人だったそうです。
若い頃はハーレーか何かの大きなバイクを乗り回していたという噂も。

私の幼い頃の記憶に残っている「おじいちゃん」は
自分のお店で使っていたワゴン車を常にすごいスピードで運転していて
スピード違反・一時停止違反でよく切符を切られていました(爆)

さらに、祖母に買ってあげたばかりのスクーターに自分が乗り、
さらにその膝の間に私を乗せて近所を走り回ったり・・・(爆)

私が車で30分離れた祖父の家に遊びに行きたいと言えば、
以前勤めていたタクシー会社に電話をして車を手配し
私はまだ小学校に上がってもいないのに
ひとりでタクシーに乗って祖父宅へ行っていたわけで・・・(爆)
今考えれば、タクシー代も馬鹿にならないですよねぇ。

私や妹の幼稚園の運動会では、父を差し置いて「俺が出る!」と宣言し、
お父さんと子供が一緒に出る競技に出て、
足の遅い私をじゃんじゃん引きずって走り(爆)1等賞を取ったり(^^;)
(めちゃくちゃ足が速かったのですw)


とにかくやりたい放題の祖父でした。

が、私はこのおじいちゃんが大好きでした。
私の幼い頃の記憶には、いつも祖父の姿があります。
祖父が持っていた船に乗せてもらって網で魚を引き上げたり、
潮干狩りに行ってアサリ貝やマテ貝をいっぱい取ったり、
庭でみんなで餅つきをしたり、
祖父宅は酒屋さんなので、
お店番やお手伝いをしている時にこっそりアイスやお菓子をくれたり。
(↑そのたびに祖父は私の母に「勝手にいろいろあげないで!」と
怒られていましたw)
祖父宅を増築する時には、ブロック塀を作る手伝いをさせてくれたりして
小学生だった私が、なぜかブロックとブロックの間にセメントを塗り、
墨壷の使い方や水平器の使い方をマスター。
祖父は何でも子供にさせてみるのが好きだったようでした。
だから祖父と一緒にやったことというのは忘れないんですよね。

そして、私は祖父と一緒に住んでいたわけではありませんが
この破天荒な祖父と暮らした人たちは相当楽しかったらしく、
祖母宅に親戚が集まると、必ず生前の祖父の話が出ます。
そして皆が皆「おじいちゃんは魅力的な人だった」と言うんですよ。
私にとっての記憶の中の祖父も、
どんなに時間が経っても色褪せない魅力があります。


先日、従弟の結婚披露宴で、
従弟の生い立ちをスライドショーで見せてくれたのですが
その中に、祖父に抱かれた従弟の写真がありました。
従弟が生まれた翌年には亡くなりましたから、貴重な写真です。
私は一瞬涙ぐんでしまいました。


祖父にはもっと長生きして欲しかったな。
大好きな祖父でしたが、癌であっという間に亡くなりました。
祖父が生きていれば、私はもっと違う人生を歩んだかもしれないし
初孫の私に祖父が注いでくれたたくさんの愛情のお返しとして
祖父にしてあげられることも多かったかもしれません。


孝行は、元気で生きている間にしておかなくちゃ後悔しますね。


父から送られてきたメールを読み返しながら
まだ元気なうちから、
父には出来るだけ親孝行したいな~と思いました。



◆ リンク用URL ◆
http://chacachoco.blog119.fc2.com/blog-date-20100709.html
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COMMENT


私も泣きそうになったよ・・・
ちゃこぽんと同じで私も初孫なの。
爺ちゃん婆ちゃん曾爺ちゃん、嫁ぎ先の婆ちゃんにまで
い~~っぱい可愛がってもらって育ってきたから
そういう人がいてくれたから
困ったちゃんの親に悩まされながらも
どうにか生きてこられたのかもしれない。
私も爺ちゃん婆ちゃん達が本当に大好きだから
(もう母方の婆ちゃんが1人しかいないけど)
ちゃこぽんの話を自分の思い出と重ねながら
ウルウルしながら読ませてもらいました♪
2010/07/10 23:09  | URL | リズママ #- [edit]


私も初孫だったわぁ~~(笑)
なので 生まれた頃だけ、ちょっとだけ、鎌倉の家に住んでたもの。その後 両親は家を建てたので別居になったけど。
祖父に教えてもらったのは植物関係や漢字、その他いろいろ。国風盆栽展に出陳していたのでその道ではちょっと有名だった人だそうですが、小学生の私に 盆栽の水やりの手ほどきしてるような人だったからね~。植物の栽培に関しては師匠として申し分なかったのかも(笑)。 骨董品の収集をしていたり、ちょっと変わった人でした。
私も 両親含め とにかく可愛がられるだけで育ってきたので「過保護の結果」と呼ばれてます(笑)
横浜に月に一度帰省するのを 2~3回続けたら 80になった父が「今度はいつくるの?」となってしまい、とうとう 毎月帰省しなければならなくなってます。でも、生きている間だものね、帰れるときには帰ることにしました。
2010/07/11 15:48  | URL | 葉美瑠 #HfMzn2gY [edit]
♡リズママ

おお、またリズママと共通点が!(笑)
似たもの同士はどこまでも似てるねぇ~ww
うちも母方の祖母が一人残っているだけなんだよ~。
(父方の祖父母は早くに亡くなったので私は記憶が無いんだけどね)
上の話に書いた母方の祖父は男5人兄弟の長男で、
私も大叔父たちに可愛がられながら育ったから
そういうところもリズママとなんだか似てるよね。

祖母も大好きなんだけど、簡単に行ける距離じゃないし
商売をしているから長電話をするわけにもいかず
なかなか孝行するチャンスがなくて・・・。
その分、ずっと同居してきた従弟たちが、祖母と旅行に行ったり、
祖母のお出掛けに嫌な顔ひとつしないでお付き合いしたりして
本当によくお世話してくれるので、祖母も幸せそうだよ(^-^)
お互い、大好きなおばあちゃんを大事にしようね☆
2010/07/11 17:03  | URL | ちゃこぽん #hIs5x0pk [edit]
♡葉美瑠

うちの母は、妊娠後期から出産後のかな~り長い間、
実家に帰ってたらしいのよ~(^^;)
とにかく甘ったれな新米母さんだったらしいです(爆)
葉美瑠も初孫なんだね。
初孫って今思うとお得よねぇ。
みんなに可愛がられて、写真もそれなりに残ってるし
何やってもキャーキャー言われたり「うちの孫は天才だ~」って
じじばば馬鹿になったりねw
それにお返しする間もなく祖父が亡くなった時には
本当にショックだったのよ。
身近な人が亡くなるというのも、祖父が初めてだったし・・・。
孝行は出来る時にしなくちゃ意味ないよね。
亡くなってからいくら大事にしたって、親や祖父母には伝わらないよね。
2010/07/11 17:10  | URL | ちゃこぽん #hIs5x0pk [edit]
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