名前の頭文字がCで始まる4匹の愛しい犬猫たち&人間たちの華麗(加齢)なる日常。


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 尊厳死って?

ちょび、今日お空に昇って行きました。
ちょびの火葬が始まった時、まるで空が泣いているかのように
土砂降りの雨が降り出しました。
ちょびの遺骨を拾って、病院に寄って先生方と想い出話をして、
医療費の清算をして(現実的;;)帰宅しました。

ちょびの逝去に伴って、
生前のちょびの姿を交えながら
どうしてもこの「尊厳死」についての話を書きたかったので
ちょびの想い出話はちょっと後回しにします(^^;)


私はちょびを尊厳死という形で見送りました。
それについては賛否両論あると思います。
が、私個人としては、まったく後悔はありません。
4匹いる大好きなうちの犬猫たちのうち、
贔屓してはいけないとわかっていても
私はちょびのことを一番可愛がっていました。
その子を、まだ8歳にもならないという若い年齢で
手放さなければならないのです。
体が動かなくても、意識がなくなっても
いつまでもいつまでも一緒に居たいのが親心。私だって同じです。
それでも人間が勝手に決めて安楽死するなんて、とおっしゃる方は
まずは私のちょびに対する溢れるほどの愛情を推し量っていただきたい。


ここで私はあえて「尊厳死」という言葉を使おうと思います。
尊厳死は人間に対して使われる言葉です。
ペットに対して一般的に使われる「安楽死」という言葉は、
耐えがたい苦痛などから直接的・間接的に解放するためのものです。
ペットの場合は、薬物などを用いて処置されますから、
積極的安楽死という言い方の方が正しいのかもしれません。

しかしこの際、辞書の意味や医学的な意味はちょっと無視して、
そもそも「尊厳」という言葉とは何ぞや、と考えたいのです。

【尊厳】とうとくおごそかなこと。気高く犯しがたいこと。また、そのさま。
―goo辞書より

ならば、動物にも尊厳はあるはず。
動物の尊厳って? と私は考えていました。
ちょびの尊厳って何だろう?

ちょびのような動物にとって、尊厳とは
・正気であること。
・食べる意欲を失わないこと。
・生きる意欲を失わないこと。
・その時その瞬間を輝いて生きること。
・その動物のあるべき姿から逸脱しないこと。
そんなところかな?と思います。
特に野生の動物なら、
上のどれが欠けても長くは生きられないのではないかと。
人間がお世話をすることが出来るペットの場合は
もう少し違うかもしれませんけどね。

私は、最初に先生から「打つ手なし」の話をされた時に
このことを今まで考えていた以上に考えるようになりました。
ちょびの命にはおそらく差し迫った期限があると感じていました。
そして、ちょびの場合、痛みを伴った最期にはならないだろうけど
意識がなくなって、やがて命の灯が消えていく、というような
最期になるであろう、ということも先生のお話から理解していました。

そこで先生とよく話し合いました。
先生の「安楽死」の基準は人間に合わせた基準でした。
でも私はちょびの「尊厳」を重視したかったのです。
私たちの「一日でも長く一緒に居てほしい」という切なる願いよりも
ちょびがどうあるべきかを考えたかったのです。
ですから、最初にその話し合いをした時点から、
「ちょびが一番安らげる場所である自宅で
ちょびが大好きな私たち家族と一緒に、
安心して最期を迎えさせてあげたい」ということと、
「打つ手なし、となった場合、苦しくないよう緩和ケアをしながら
ちょびの意識がなくなる前に、
私たちが言葉をかけたら充分反応出来るうちに逝かせてあげたい」
というようなことを、具体的に先生に伝えました。


私が小学生の頃拾ってきて家で飼っていた子猫がいました。
名前はミーコ。推定10歳まで生きました。
私がペットの終末医療にこだわるのはミーコを亡くした経験からです。
ミーコは家の内外を比較的自由に出入りするにゃんこでした。
ピカピカ天使の輪が出来るくらいの毛艶の良さが自慢でしたが
10歳になるころから、急に毛艶が悪くなり、
家の中で、猫用のベッドに入って寝てばかりで、
あまり動かなくなりました。
外で済ませていたトイレも、家の中にある猫砂でするように。
母に「ミーコの具合が悪い」と訴えても、
母は「たぶんミーコの寿命なんだよ」と言って病院へは連れて行きません。
(当時の猫の飼い方なんてみんなずいぶん適当でしたからね・・・)
ミーコは2ヶ月くらいの間にあっという間に衰弱してしまいました。
大学生だった私は、家でミーコを看取ろうと思っていたのですが
ある日、ミーコが母に「外に行きたい」と意思表示したようです。
母はミーコがトイレに行きたいのだろうと思い、外に出しました。
ミーコは歩きながら一度家の方を振り返ったとのこと。
そして、二度と我が家に帰って来ませんでした。

半分野良猫のような生活をしていたミーコにとっての最後の尊厳とは、
自分の足で歩いて行きたい場所(最期を迎えるための場所)に行けること
だったんだろうな、と思います。


ちょびは、足先になかなか力が入らない状態でしたが
最後までヨタヨタしながら自分の足で行きたいところへ行き、
食べたい物の匂いを嗅ぎ、
私たちの話にお目目をぱちぱちさせて尻尾を振りながら応えていました。

しかし、長い間嘔吐を繰り返してきたので、食べたい物の匂いを嗅いでは
「ボクはこれが食べたいんだけど、これを食べるとまた吐いちゃうかも」
という刷り込まれた経験から、なかなか口をつけられずにいました。
強制給餌は、顔を上向きにして口を開けさせ、
ごはんをポイッと入れて喉の奥に入れて飲み込ませる、というものです。
食べる意思のない子は
喉の奥にごはんを入れても絶対に飲み込まないそうですが、
ちょびは口に入れられたごはんをモグモグ噛んでごっくんしていました。
ずっと食べたかったのに自力で食べられない辛さはあったことと思います。
しかしそこは人間に飼われるペットの強みとでも言いますか、
強制給餌ながらもごはんが食べられていました。

最後の2~3日は、肛門に力が入らないため、
うん○(下痢)が少しずつ漏れ出てしまう状態でした。
そのためおむつを長時間つけていることに。
(それまでもおむつを着用していますが、
極力、病院への行き帰りや、治療後に疲れて眠っている時だけ着用)
ちょびは最後までおむつをつけることに関しては
足でケリケリして、嫌だと意思表示していました。
つけてしまえば、嫌がって外すような素振りは見せませんでしたが。

ちょびは最後の日まで、おしっこやうん○をした後、
お尻回りを自分で綺麗に舐めていました。
おむつをつけている時でも、いちおう片足を高く上げて
舐めるフリだけしていましたし(笑)
でもやはりおむつをつけている時は舐められなくて困っていた様子。

頑張っていることはわかっていたけれど
ちょびの体はもうとっくの昔に限界を超えていました。
体重は、通常の4.4kgくらいから、2.6kgにまで減っていましたし
貧血を示すヘマトクリット値は、わずか11.5%。
左足は、半分から下が痺れたようになっていて力が入らず、
頭は少し動かすと左右に細かく揺れ、
鼻は抵抗力が落ちたために粘膜が少しやられていました。


7/1(亡くなる2日前)のちょび。トイレから出てくるところです。
これはまだよろける程度で済んでいますが、
時々足がもつれて倒れてしまい、その場で休憩してしまうことも。


しかし頭は最後まで聡明でした。
ただ、最後の1日だけは、
意識が遠のくような時間帯が急に長くなりました。


私たちは、ちょびのを大事にしたかったのだと思います。

【魂】こころ。精神。
 ―goo辞書より

このまま介護を続けることに関して
私たちの方には特に何の問題もありませんでした。
続けようと思えば、何日でも続けられたと思います。愛する家族ですから。
でも翌日、またその翌日、と命の期限を先延ばしにすることで
ちょびの魂が、ちょびの体より先に死んでしまう可能性がありました。
もしそうなってしまったら、
それはちょびがちょびの尊厳を保っていることになるのだろうか?
飼い主の側には
「生きていてくれるだけでいい」という気持ちが強いわけですが、
魂が死んでしまったら当のちょびには伝わらないでしょう。
第一、ちょびの場合、
ちょびがもし人の世話を受けない野良猫だったとしたら
とうに死んでいたケースです。

ですから、私たちはちょびの魂が生きているうちに
ちょびの尊厳を保ったまま、私たちの笑顔を見てもらいながら
そっと自然に眠りについてもらいたかったのです。
(命の期限を切ってしまうわけですからこれも一種の人間のエゴかもしれませんけれどね)

そして、最後の時間を有意義にちょびのために使いたかった。
それは間違いなくちょびにとっては嬉しいことだと思うんです。
大好きなパンの焼ける匂いを嗅ぎながら
私と他の2匹と一緒にいつものようにゴロ寝しながら
小さな音で心地よい音楽を聴きながら
もう登れなくなってしまったキャットタワーや出窓に
連れて行ってもらってお外を眺めながら
時々ママに撫でられて目を細めるようなひとときを過ごす。
こんな他愛のない日常をゆったりとした時の中で送らせてあげることが
飼い主がしてあげられることだと思いました。


ちょびは最後に大好きなパズルゲームをしていました。
途中で先生方がいらっしゃったけれど、
先生方の目の前でも一生懸命ゲームをクリアして
「ねっ、ボク上手でしょ?」と自慢しているようにも見えました。
みんなが笑顔でした。
私がちょびに「ちょび、そろそろネンネしようね♪」と言って
ちょびを横たえていつものように頭を撫でました。
ちょびは留置針から睡眠薬を入れられましたから
針を刺す痛みさえないまま、そのまますぅっと眠ったのです。

飼い主側から見ても、ちょびからしても、
こんなに素敵な終わり方はないと思います。

動物は「あ~、あの時は楽しかったな~」なんて回想しながら
最期を迎えたりはしないと思うんです。
なぜなら、その時その瞬間をきらきらと輝きながら生きる生き物だから。
だから最期の瞬間も輝いていたちょびはきっと幸せだったはず。

そう私は思っています。

ペットのために、と、お経をあげたり祈りを捧げたり、
死んでからお花をいっぱい飾ったりすることって、
よーく考えると飼い主側の気持ちを慰めるためのもの。
だって、お経をあげても祈りを捧げても、
もし生きているうちにそれをしたとしても
ペットにはそんな観念はないからわかんないもん(笑)
それよりもっともっと大事なことがある。
ちょびはそれをあらためて気付かせてくれました。


今日、ちょびを火葬した後、病院へお礼に行ったのですが
先生から
「実は、安楽死をご自宅で、
しかもこんな形(ちょびの意識がしっかりある状態)で、というのは
私にとっても初めての経験でした」
と言われました。
今まで先生がお世話したペットさんたちで
安楽死を自宅で、という話は何度かあったそうですが
いずれももうペット自身の意識がないという場合や、
飼い主さんが決断される前に
ペットの寿命が尽きてしまうことばかりだったそうなのです。

でも、先生も奥様も、本当に素敵な最期だったとおっしゃって、
和やかな雰囲気の中でちょびが最期を迎えたことで
私たちが考えていた「尊厳死」という選択肢について
それから終末医療について
また深く考えるきっかけにしてくださったようなので良かったです。



ちょびは本当に本当に良い子でした。
最初から最後まで、こんなに良い子でいいのかな?(笑)
私たちは無宗教だけど、もし仮に神様がいらっしゃるとしたら
ちょびは良い子過ぎたから地上勤務が短くても充分お勤めを果たした、
って思われたのかもしれないね、とたーちと話をしました。


ちょうど、線香花火が最後にほんの少しだけ輝きを取り戻すように
ちょびの命の灯が吹き消される直前まで
ちょびは精一杯輝いていました。


亡くなる20分前の動画(驚いてしまったかりんさんは、その後私の膝の上に乗っていたのでご安心を)
ちょびが食べたおやつは、パン以外で最後に口に出来たものでした。
このおやつ(わんこの半生おやつ)だけは食べてくれることがわかっていましたが
これを食べると嘔吐することもわかっていたので、
最後の最後、もう吐くこともないという時点でようやく食べてもらうことが出来たのでした。
でもこのあともっとたくさん食べて欲しくて差し出したこのおやつを
ちょびが食べることはもうありませんでした。一口がやっとだったようです。

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[ 動画 ] CM2. . TOP ▲
COMMENT


昔飼っていたニャンコは、
ミーコちゃんみたいにみんな最後のときを悟ってどこかに行きました。
そういう子をあちこち探してもみましたが、とうとうみんな見つからなかったのです。
そんなとき、いったいどこで最後を迎えたのだろうねと母と話したものです。
ですから動けなくなってしまってどこにも行くことができなくなる前に、
みんなで見守りながらお星様になることを決めてあげたことは、
確かにニャンコとしてのちょびの尊厳を尊重してあげたことって思うのです。
楽しそうにゲームしたり好きな物を自分で食べることができたのね、よかった。
2011/07/06 15:45  | URL | ライ麦 #2j50GQ9. [edit]
♡ライ麦さん

ミーコが出て行ってから1時間後くらいに
母からその話を聞いて近所を1週間くらい探しました@私。
でも雲隠れにでも遭ったかのように見つからなかったんですよね。
あと、昔、外で飼われていたわんこの中にも、
鎖を切っていなくなる子ってよくいましたもんね。

ミーコがいなくなってからずっと
次にペットを飼う時は、絶対最期を私の腕の中で看取りたい、と
思っていたんです。
でも、Eggiさんに出会ってから、
それはちょっと違うな、それだと私の側からの一方通行な思いで
ペットを尊重してはいないよな~、と思い始めて
そこから尊厳死について深く考えるようになったんですよ。
ちょびに考える時間をたくさん与えてもらってよかったです☆
2011/07/07 22:23  | URL | ちゃこぽん #hIs5x0pk [edit]
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